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ループ ザ ループ。

V6デビュー20周年という節目に戻ってきたアラサーがいろいろと本気出して考えてみるブログ。基本V6の話、でも書きたいことを気ままに。

V6は29歳の時何をしていたのか?(2)長野博編

V6は29歳の時何をしていたのか? V6-長野博

V6メンバーの29歳をまとめてみる第2回、長野くん編。

坂本くん編はこちら



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29歳にして初めてのディナーショー

長野くんが29歳の時、トニセンにとって初めてのディナーショーが開催された。
当時坂本くん30歳、長野くん29歳、イノッチ25歳。

なぜこのタイミングでディナーショーだったのだろうか?今だに思う。

いよいよトニセンはコンサートからディナーショーに移行するほどの年齢になったのか…と、暗に活動の縮小を示唆されているようで特に確証は無いがなんとなく不安を覚えた。

ファンの年齢層からディナーショーのほうが利があると判断されたのだろうか?それとも実験的要素を含んでいたのだろうか?謎は深まる。

結果的に2年後には再びコンサートという形式に戻されての開催になったため、現時点ではこの1回が「最初で最後のディナーショー」となっている。

内容も内容で、前代未聞であった。
坂本家・長野家結婚披露宴である。
新郎坂本くん新婦長野くん。イノッチは何をしていたのかというと牧師役。そして式に乱入してくる女の役。
新郎・新婦・乱入してきた女で三角関係の修羅場を繰り広げる。

なんだこの盛大なコントは。素敵やないか…!
当時中学生の私は当然不参加だったが、雑誌などでレポを見て「またやらかしてくれよった…!」と大喜びだった。
くだらないコント上等。大好きだ。

もちろん踊るところは踊り決めるところは決めているのだが、「披露宴」が3人揃って悪ノリした結果であることは間違いない。
今もしディナーショーをやるとしたらこんな結果にはならないだろうなと思う。
そもそもこの案が出ないかもしれないし、出たとしても途中で止めるのではないだろうか…44歳と43歳のオッサンの披露宴、シャレにならない気がする。
個人的にはめちゃくちゃおもしろいが。

そう考えると、この頃のトニセンにまだ青さを感じる。


引き続きアジアに向けた活動も着々と。

2002年6月に発売されたシングルには韓国の女性アーティスト、S.E.SのShooとコラボした「one」が収録されている。

このCDは韓国でも同時発売され、実は日本人アーティストのCDが公式に発売されたのは史上初だったのだ。
まったく話題に上がらないんですが、V6って何気にすごいのですよ…!

4月には韓国で開催された「DREAM CONCERT 2002」に日本人アーティストとして初めて出演。スタジアムで開催される韓国最大の音楽祭であり日本で言えば紅白歌合戦のようなものらしく、観客はなんと7万5千人。

2002年というのはサッカー日韓W杯が開催された年であり、これを機に「日韓国民交流年」として様々な交流事業が推進されていた。
そこにV6も1枚咬んだように感じられて、とても誇らしく思ったものだ。
何度も言いますがなんで話題に上がらないんだろうなあ…すごいはずなんだけどなあ…。

このコンサートの開催は4月20日。
ちょうどトニセンの舞台「とんかつロック」の公演中。スケジュールはどうなっていたのか雑誌とファンクラブ会報にて確認してみた。

4月19日 舞台
4月20日 韓国でコンサート出演
   (6人で焼肉を食べ翌日帰国)
4月21日 舞台

なんとまさかの公演日と公演日の間だった。
ハードスケジュールお疲れ様です…。

少し話が逸れるのだが、興味深い記事も見つけたので触れておく。
2002年11月2日、3日と初めて香港公演を行った際のスポーツ誌記事によると、『ジャニーズ事務所は、V6を先陣役にして今後、中国に本格進出する意向で、公演終了後V6の最新アルバム「seVen」を中国全土で発売することを発表』とあった。
公式できちんと発言されていたのに驚き。やはり先陣役にしようとしていたのか。


個人としては引き続きモータースポーツ情報番組「BOON!」ではナビゲーターを務め、「バイクにフレンドシップ大賞」も受賞。バイクが似合う芸能人に贈られる賞だ。
すでに趣味を仕事に着々とつなげている。

「食」のほうに関してもこの頃になるとすでに度々語っていて、2002年3月号Duetによれば、
『最近のヒットは、ノドクロっていうノドが黒い魚。これを刺身で食べたんだけど、うまかった!』だそうです。
V6内ではすでにグルメ担当の地位を確立。

そしてディズニー映画で吹替主演をしたことも大きな出来事だった。


まとめてみた感想。

前半はかなりスロースタート感はあるが、レギュラー番組3本とラジオ2本。
30分枠ではあったが、ドラマにも年間で2本出演。
*1

リリースこそ少ないものの、満遍ないスケジュールといった印象。


…これだけ書いてきてなんだが、私は検証する順番を間違えた気がする。
第1回を「とんでもない過密スケジュールだった坂本くん」で進めてしまったために、少々スケジュールが詰まっていてもあまり驚かなくなってしまった。

しかも後半、カミセンになると確実に語ることが少なくなる予定なのだ。
その頃にはV6のグループ活動が落ち着いてきたという要因もあるのだが、私自身が離れていたのでとにかく手元に資料が無い。

逆だった。完全に逆だった。年下順でやるべきだった…。


本人発言から読む、長野博の29歳。

以下、30歳になった長野くんの発言。

29才よりキリがいいってことぐらいで、30才になって特に考えたことはない。
でもまあ、日々、反省したり、新たに課題が見つかったり…とにかく自分が努力しなくちゃ何もはじまらないって思う(『VVV6』のサーカス企画で、象が思いどおりに動いてくれなかったときは、こりゃ俺の力じゃどうにもならんと思ったけどさ)。

(MYOJO/2002年12月号)

ええええーバッサリー!!!そこまで言われると潔い。
節目ではなく、単純に数字として見ている。
坂本くんと対照的なのがおもしろい。

『自分が努力しなくちゃ何もはじまらない』っていうのは刺さるなあ…。
下積み経験の長い人が言うからこそとても深い。

…だがその直後の「サーカス企画で象が思いどおりに動いてくれなかった」話で全部持っていかれる。



「事務所内での中国進出の先陣を切る」グループ活動をする傍ら、「象を思いどおりに動かす難しいお仕事」まで。

29歳(から30歳にかけて)、長野博の仕事の幅はとても広かった。

*1:深夜枠のこのドラマ、私的にはどちらも大ヒット。「演技者。」は少しブラックで不思議な世界観の作品が多くてかなり好きな番組だったなあ。