ループ ザ ループ。

V6デビュー20周年という節目に戻ってきたアラサーがいろいろと本気出して考えてみるブログ。基本V6の話、でも書きたいことを気ままに。

V6は29歳の時何をしていたのか?(5)三宅健編


 

V6メンバーの29歳時をまとめてみる、第5回健くん編。

 

坂本昌行編

長野博編

井ノ原快彦編

森田剛編

 

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2008年〜2009年、デビュー13周年の頃。

10周年を迎えた後、V6に何があったのか。でも触れたが、健くんが岡田くんに「アイドルとして誇りを持ってくれ」発言をしたのはデビュー13年目(2007年11月1日〜2008年10月31日)頃と発言されているので、この29歳前後の時期だと思われる。

 

ツアーは1本、発売された音源はDVDシングル1枚・CDシングル2枚だった。仕事量は当然トニセンの3人が29歳の頃から比べるとかなり減っている。

 

 

 

 

「伊東家の食卓」に続き「学校へ行こう!MAX」も終了

個人の仕事として1番大きかった「伊東家の食卓」。

1997年10月から開始し絶大な人気を誇ったこの番組だが、どれくらいすごかったのかというと最高視聴率は28.8%(2001年/当時21歳)。週間ランキングの上位に入ることも多かった。

 

この時期を体感していない方からすると今ひとつピンと来ないかもしれないが、「とにかく大人気だった」としか言いようがない。

健全も健全な番組内容で見ていても危なげが全く無く、晩ごはん時に家族で見るのにはうってつけと言える番組だった。

 

毎週火曜日は19時から伊東家の食卓、20時から学校へ行こう!を見る、という流れだった方は多いだろう。

ファンはもちろんだが一般人でもこの流れだった人は多いと思うし、番組名を挙げるだけでああ、あれね!と共有できるほど国民的な番組だった。「伊東家」と言えば「裏ワザ」、「裏ワザ」と言えば「伊東家」というくらい。

 

ネタ切れなどもあったのか10年目に番組内容をリニューアル。最後は裏ワザはほとんど紹介しなくなり、結局2007年3月に終了。当時三宅さん27歳。

 

だいぶ話が逸れたがこの大人気だった「伊東家の食卓」が終わり、1年半後の29歳の時に「学校へ行こう!MAX」が終了。

10周年の記事でも書いたが「これが現実なんだと痛感した」大きな出来事だった。三宅さんの喪失感はすごかったろうな…。

 

学校へ行こう!の終盤については前記事、森田編にて。

というのも森田さんと三宅さんの29歳は時期がかぶっているのだ…まとめにくい事この上ない…。

 

だがこの「1学年差があるにも関わらず実際には誕生日が4ヶ月半しか違わない」という事実は剛健を語るのには外せない要素だと思っている。一言でいえば「ときめく」に尽きるが。

 

 

 

「VIBES」ツアー、MCでの事件。

いくつかの記事でも触れているが、このツアーで特筆すべきは「森田衣装デザイン&岡田演出・構成」。森田さんデザイン衣装「モリコレ」はツアー始まってすぐに焼失(森田編参照)。

 

これに加え、知っている方も多いかと思うが1つ事件が起こった。

 

8月3日、ツアーがはじまって3日目の大阪公演。

MC中にそれまでいじりにいじられていた三宅さんが「これはある種のいじめですよ」と言い出したのだ。

 

コンサートに行ったことがある方はわかると思うが、衣装チェンジなどの都合上6人揃ってのMCではない場合がある。

このツアーの際は1回目のMCはトニセン・カミセン、2回目のMCは4人と2人に分かれて行われていた。

その2回目のMCの組み合わせは毎回じゃんけんで決められていて、その際に「健とふたりきりだと絡みづらい」とノリで仲間はずれにするような形でいじっていた、らしい。

 

三宅さんのことを「先生」と呼び、先生とはやりたくない!とみんなでいじる。

三宅さん、いや三宅先生自身も悪ノリして一緒にその、言ってしまえば「三宅健絡みづらいコント」をしていたわけだ。

 

しかしツアーが始まって3日目に事件は起こった。

 

news.livedoor.com

 

MC中に三宅さんが自身にピンスポを集めるように指示し、話した内容は「これはある意味いじめだ」という旨のものだった。

誤解なきよう言っておくが、三宅さんは場の空気を壊そうとしたわけでもなければメンバーに対してブチ切れていたわけでもない。と、思う。その場にいたわけではないので断定はできないが。

 

その事件の一部始終、そして思っていたことを三宅さん本人がラジオで語った際のレポートが公式サイトに掲載されていた。

古いものなので遡りにくいかもしれないが、興味のある方はぜひ。2008年8月18日放送分だ。

omelet.jp

 

学校へ行こうのロケで、いじめについてのコーナーがあり色々と考えたタイミングだった。さらに1番大きな要因はその「絡みづらいコント」を繰り広げていた2日目の公演終了後、知り合いと会ったことだった。

その知り合いがお子さんを連れてきたのだが学校でいじめられているらしく、「5人対1人」で繰り広げられるMCが見ていて辛かったそうなのだ。

自分がいじめられてる状況と重なり胸が苦しかったことを三宅さんに打ち明け、それを聞いてまた考えた。

 

自分たちが良かれと思い楽しくやっていたその「コント」が、誰かを傷つけることもある。

 

それをなんとか、コントの延長線上のようなノリで伝えようとした結果がこの「いじめ」騒動だ。

どうにか伝えなければとあまり練っていない状態で言った結果、観客をも敵に回すような形のMCになってしまった。

そこで笑っているあなただっていじめに加担しているかもしれないんですよ!と。

 

三宅さん自身がお客さんに対して「僕に対するいじめだ!」と言っているわけではなくて、「こういうことは、いじめに繋がるかもしれない」という危険性を言いたかった。

 

その真意を汲み取れた方はまだいいが汲み取れなかった場合は悲惨だ。

「健くんがそんなに傷ついていたなんて…」と思った方もいただろう。「笑っちゃってごめんなさい」と思った方もいたかもしれない。

 

「いじり」と「いじめ」って本当に紙一重で、そういう状況は私達だって身近なところでいくつも目にしたことがあるのではないのだろうか。

 

「いじり」がいじられる本人にとって苦しければそれは「いじめ」だ。

だがそれを美味しいと思えるのなら、それは「愛のあるいじり」になる。

 

結局は本人の取り方次第なのだが、それって本人にしかわからない。

もしかするとその相手は美味しいとは思っていなくて、内心傷ついているのかもしれない。その可能性も考えないといけない。

 

…と、そういうことを説明したかったようなのだがどうもしっかりまとまらなかったようだ。三宅さんが打ち合わせもなしにその独白を始め、さらに他の5人が途中ではけてしまって収集がつかなくなり、なんとも微妙な空気になったらしい。

 

三宅さんが考えてることはとてもわかるのだが、練りきらずに言葉にしたのは正直失敗だった…。

 

芸能界にいる以上、永遠のテーマかもしれない。

「これはいじめだ!」とほんの少しでも思われる危険性があるもの、それをすべて排除していけばきっと最後に残るものは薄っぺらいものだろう。極論を言えば「お笑い」なんてほとんどそれに引っかかるはずで。

 

どこかで割りきらないといけないと思うが、いじめについて深く考えた末放っておけなかったところは実に三宅さんらしいなと思った。

 

その後6人でもMCについて話をして、「難しいね」という話になったそうだ。

ただね、逆に言えば、みんなとMCについて話す事なんて今までないんですよ。なかなか、ほんとに。その場のノリで喋ってることが殆どですから。まあ僕も来年30ですしそういうことを考えられるのはいいことだなと思ったしそういう話し合いが出来たって事ではね。

(bayfm「三宅健のラヂオ」2008年8月18日放送)

 

「MCについて話し合う」ということが絶対的にプラスに働いたのか、と考えると一概にそうとも言えないのかもしれない。

「万人受けするもの」が、必ずしも「万人が求めているもの」であるとは限らない。

無難なものに落ち着いてしまえば、それは誰からも求められないものになってしまう可能性だってある。

本当に難しい。

  

ところで、余談になるがこの三宅さんが29歳の間に出た純粋なシングルCDは「LIGHT IN YOUR HEART/Swing!」と「スピリット」だ。*1

完全にたまたまだと思うのだが「LIGHT IN YOUR HEART」も「スピリット」も応援系ソング。不思議な偶然だ。

 

 

 

29歳になった私から見る、三宅健の29歳。

平均的な「29歳の感覚」で、「いじめ」と「いじり」について考えた時どう感じるんだろうか。

 

私の個人的な感覚で考えると「いじり」と「いじめ」について深く考えることはあったとしても結局それは「諦め」に終わるのではないかと思うし、一般的にもそういう方が多いのではないかと想像する。

 

社会に出てそれなりに経験を積んでいる(世間的に見て積んでいなければならないとされるくらいの)歳になれば、ある程度割り切るようにはなってくる。

新社会人の頃に熱血だったとして、それを維持できる人って案外少ないしどうにかしないと!と行動に移せる人は稀有だ。

 

芸能人だからこそ一般人と違う感覚があるのは当たり前だとは思う。世間に対してどれだけの影響を与えるかを考えなければいけない職業なのだから。

 

それをふまえて考えてもこの割り切りがなんだか不完全で、完璧に出来ていないところがいい意味でも悪い意味でも「三宅健」だなあと思った。

 

まだ話が出来上がってないのに、とにかく言わないと!と先走った結果失敗しちゃう。それでこそ三宅健、といったところだろうか。

 

例の岡田氏への言葉といい、本当にまっすぐで愛すべき29歳だったんだなあと感じた。

 

 

 

そしてやっぱりトニセン(引っ張る側)とカミセン(引っ張られていた側)の29歳にかなりの差を感じるのであった…。 

 

 

 

*1:VIBESはDVDシングルという不思議な形態だった